東京地方裁判所 昭和35年(行モ)12号 決定 1960年7月29日
申立人 中央労働委員会
被申立人 東海硫安工業株式会社 外三名
主文
被申立人の別府化学工業株式会社を除くその余の被申立人らは、申立人と各被申立人との間における当裁判所昭和三五年(行)第三〇号、同第三二号、同第三三号各行政処分取消請求事件の判決が確定するまで、申立人が被申立人等に対してなした中労委昭和三五年(不初)第一号不当労働行為申立事件命令に対し、「会社は、単組の委任をうけた合成化学産業労働組合連合の役員若干名が参加することを拒んではならないという条件のもとに、昭和三五年度の賃金要求に関し、単組と団体交渉を行わなければならない」という限度において、これに従え。
申立人のその余の申立を却下する。
申立費用中申立人と被申立人別府化学工業株式会社との間に生じた分は申立人の負担とし、その余は被申立人別府化学工業株式会社以外の被申立人らの負担とする。
理由
本件記録によると、本件申立人は、合成化学産業労働組合連合(以下合化労連という。)とその単位労働組合である合化労連日本水素労働組合、同別府化学労働組合、同東北肥料労働組合及び同東海硫安四日市工場労働組合(以下右四単位労働組合を総称する場合には単組という。)から申し立てられた日本水素工業株式会社、別府化学工業株式会社、東北肥料株式会社及び東海硫安工業株式会社(以下右四株式会社を総称する場合には会社という。)を相手方とする不当労働行為救済申立事件(中労委昭和三五年(不初)第一号事件)について、右各株式会社が合化労連と右各株式会社の従業員の組織する前示単位労働組合より昭和三五年二月二五日附で申入れにかかる昭和三五年度の賃金要求に関する団体交渉をその申入れをした労働組合と直ちに行なわなければならない旨の申立の趣旨に対して、同年四月一日附をもつて、
一、会社は、昭和三五年度の賃金要求に関する団体交渉の交渉主体の調整、交渉の日時等の手続処理のため、合化労連及び単組と直ちに団体交渉を行なわなければならない。
二、前項の交渉がまとまらないときをふくめて前項の履行ができない場合、会社は、昭和三五年度の賃金要求に関し単組と団体交渉を行なわなければならない。この際、会社は、単組の委任をうけた合化労連の役員若干名が参加することを拒んではならない。
三、前二項において「会社」とは被申立人各会社を、「単組」とは申立人合化労連を除く申立人各組合を指し、「会社」を日本水素工業株式会社と読むときは「単組」は合化労連日本水素労働組合と、別府化学工業株式会社と読むときは合化労連別府化学労働組合と、東北肥料株式会社と読むときは合化労連東北肥料労働組合と、東海硫安工業株式会社と読むときは合化労連東海硫安四日市工場労働組合とそれぞれ読むものとする。
旨の命令(以下本件救済命令という。)をしたのであるが、その理由の要旨とするところは、会社が前記昭和三五年二月二五日附の団体交渉申入れに対して、いずれも合化労連に直接返答することなく、結局それぞれの単組に「単組とのみ交渉に当りたい」旨を回答し、以後その態度を変えないことは、右申入れに対する事実上の拒否とみざるをえないのであつて、会社のこのような団体交渉申入れに対する拒否については正当な事由が見出されないのであるけれども、合化労連の規約の構成にあらわれた組織及び運営の実体と前記のような合化労連と各単位労働組合との連名による団体交渉申入れの関係等の諸事情からすれば、交渉団体としての合化労連の性格がやや不明確であるとのそしりは免れ難く、従つて右申入れにかかるような団体交渉に関するいわゆる対角線交渉方式については、対内的にも対外的にも万全の態勢にあるとは必ずしも認められないし、またかような交渉方式は現段階における労使関係の実情に即したものでもなく、会社がその従業員でない交渉委員を忌避し、合化労連が団体交渉にあらわれるのを拒んでいる主な原因もそこにあるものと認められるのであるが、ともあれ、会社が前記のような団体交渉の申入れを拒否することは労働組合法第七条第二号の趣旨にもとるものであることが明らかであると解しつつも、会社と単組との各自の間における労使関係の実情並びに昭和三四年に行われた団体交渉等に際して合化労連の役員が事実上参加した事情、合化労連が上部団体として争議解決に相当強力な指導力をもつていること、昭和三五年度の賃金要求をするに至るまでの間における単組から合化労連に対するいわゆる三権委譲が委任の意味をもつか否かがはつきりしない事情、労働組合側の団体交渉委員が合化労連の役員をもふくめてすべて合化労連から指名されている実情下にあつては、たとえ会社がそれぞれ対応する単位労働組合とのみ交渉するとしても、合化労連の役員を一がいに交渉委員から排除しえない事情等を総合するときは、前記団体交渉の申入れを拒否する会社の不当労働行為に対する救済の方法を定めるについて申立の内容をそのまま容認することは適当でなく、前述のような限度の救済措置を命令するに止めるべきものである、というにあることが認められる。
ところで本件救済命令の主文の第一項と第二項との関係について、本件被申立人らは、右主文第二項中の「前項の交渉がまとまらないときをふくめて前項の履行ができない場合」という文言の解釈との関連において、右にいわゆる前項すなわち本件救済命令の主文第一項の履行ができない場合とは、命令にかかる交渉がなされたけれども結局妥結に至らなかつた場合はもとより、その交渉が当事者の一方の提案にもかかわらず他方がこれに応じなかつたため又は当事者のいずれからも提案されないため全然試みられず、従つて交渉の結果もえられない場合をも意味していることは文理上疑いの余地のないところであつて、要するに右主文第一項は不当労働行為に対する救済命令として無意味なものであるか又はその遵守を会社の任意に委ねたものとみるべきであるから、会社に対してその履行を強制するため緊急命令の申立をすることは許されないものであると主張するのに対して、本件申立人は、会社が本件救済命令の主文第一項において命ぜられている団体交渉を欲しない故に右第一項の履行ができないような場合が前掲第二項にいわゆる「前項の履行ができない場合」にふくまれないことはきわめて明白であると反論しているのであるが、本件救済命令中主文第一項の部分を仮に会社の任意の履行を期待した趣旨のものではないと解すべきであるとしても、本件救済命令では、その主文第一項について、理由のいかんはしばらく別問題として、会社に命じた団体交渉がまとまらないときをふくめてその履行ができない場合の生ずることをあらかじめ予想したうえ、そのような事態のもとにおいては、会社の不当労働行為排除の方法としては、主文第二項に定めるような内容の救済措置を講ずることをもつて足りるものと判断されたものと認めるのが相当である。このようにみて来ると、本件救済命令においては、主文第一項と同第二項との間に融通性が存し、右主文第一項の命令は、不当労働行為に対する救済方法としては、かなりの相対性、寛容性をもつている(これに従うかどうかを会社の任意に委ねたものであるとまで断定する意味ではない。)ものというべきである。
さて本件救済命令中主文第一項の部分は、主文第二項が会社に対し単組と昭和三五年度の賃金要求に関し、単組の委任をうけた合化労連の役員若干名の参加を拒まないとの条件のもとに団体交渉を行なわなければならない旨を命じたのに対して、右要求に関する団体交渉についての交渉主体の調整、交渉の日時等の手続処理のための団体交渉を合化労連及び単組と直ちに行うべき旨を会社に命じたものであつて、労働者の労働条件その他労働関係に直接関係する事項を対象とする団体交渉の本来の目的からすれば、いわばその準備交渉ないしは下交渉について命令したものである。
叙上のような本件救済命令が発せられたについての理由及びその主文第一項の救済方法としての性格にかんがみるときは、本件救済命令中主文第一項の部分については、緊急命令によつて会社に対しその履行を強制する程の必要はないものと認めるべきである。
ところで本件被申立人らのうち別府化学工業株式会社は、自発的に単組と、本件救済命令の主文第二項において命令されているところと同一の条件の下に、すなわち単組の委任を受けた合化労連の役員若干名が参加するという状態の下で問題の団体交渉を行う意思を有しているが、その他の本件被申立人らは、いずれも昭和三五年度の賃金要求に関して単組とのみ団体交渉をするについてはやぶさかではないけれども、その交渉に単組の委任を受けた合化労連の役員であつても参加させることは拒否するほかないとの態度を依然として堅持していることが、本件における審尋の結果に照らして明らかである。このような実情である以上、本件救済命令中主文第二項の部分については、別府化学工業株式会社を除くその余の本件被申立人らに対する関係において緊急命令を発する必要があるものと認めるのが相当である。
よつて申立費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条および第九三条を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 桑原正憲 西山俊彦 北川弘治)